2006年12月31日

今年一年ありがとうございました。

今年10月にバルサ好きが高じて、当ブログを立ち上げました。
この2ヶ月間バルサのニュースが中心で自分の意見が少なかったのは反省点です。
仕事との兼ね合いで急ぎがちになったり、更新が遅れたりしたこともありましたが、
来年はバルサを応援するようにブログを楽しみたいです。
今シーズンも最後に笑うのはFCバルセロナです。
皆さん今年は未熟ながらありがとうございました。
来年も引き続き当ブログをよろしくお願いします。
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2006年12月28日

バルセロナで最も嫌われた2人

バルセロナのサポーターが最も嫌っているのは、
ジョゼ・モウリーニョとルイス・フィーゴの2人。
誰もが分かっていたことではあるが、
アンケート調査により正式に確認された。

カタルーニャの『スポルト』紙はクリスマスにまん延する
博愛主義にあえて反するかのように、
バルセロナのサポーターに“最大の敵”を選ぶよう尋ねる調査を行った。
結果も情け容赦のないもので、
モウリーニョとフィーゴが圧倒的にほかを引き離した。

1位に選ばれたモウリーニョにとっては最近の事件が大きく響いた。
モウリーニョ率いるチェルシーは過去3年間のチャンピオンズリーグで
バルセロナと6度の熱戦を行い、
そのたびに彼はバルセロナの反感を買うような発言を行っていた。
モウリーニョはサー・ボビー・ロブソンとルイス・ファン・ハールの下で、
バルセロナの副監督として働いた経験がある。
バルセロナの人々にとっては彼は明らかな“裏切り者”になった
というわけだ。

モウリーニョに続いたのは、やはり元バルセロナのフィーゴ。
バルセロナを退団した際の騒動は凄まじいものだった。
5シーズンを過ごしたバルセロナに別れを告げたフィーゴが、
2000年の夏に契約を交わした相手は
フロレンティーノ・ペレス率いるレアル・マドリード。
“銀河系軍団”の一連の大型補強の口火を切った。
これが『スポルト』紙のランキングで2位に入る要因となったのは
言うまでもない。
“元バルセロナ選手”として初めてカンプ・ノウに乗り込んだ試合では、
豚の頭を投げつけられるエピソードもあった。
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遂にエトーが帰ってくる

来る1月中にバルサファンが耳にすることになるであろう
ビッグニュースの一つがサミュエル・エトーの帰還だ。
現在懸命にリハビリトレーニングを行っている彼は、
1月中旬にチームに合流し、トレーニングを開始する予定だ。

あれはちょうど3ヶ月前の9月27日だった。
チャンピオンズリーグ、対ベルダー・ブレーメン戦に出場した
サミュエル・エトーはこの試合で長期戦線離脱の
重度の怪我を負ってしまった。
それから休むことなくエトーはリハビリに励み、
ここまで目を見張るようなスピードで順調に回復してきている。
そして、1月中旬、まもなくエトーはチームに合流し、
ボールを使ったトレーニングを開始することになる。

エトーの他に、長期戦線離脱中なのはリオネル・メッシだ。
現在アルゼンチンでリハビリトレーニングに励んでいるメッシも、
経過は順調のようだ。
メッシを見ている担当の医師によると
「2月の初旬にはチームに合流出来るのではないか。」とのことだ。

12月に行われた最近の試合、
クラブワールドカップ決勝と
リーガ、アトレチコ・マドリード戦で
ザンブロッタとテュラムはそれぞれ負傷した。
左足大腿二頭筋を痛めたテュラムは
現在バルセロナでリハビリに臨んでおり、
この日の水曜日にはレントゲン検査を受けた。
診断した医師によると「経過は順調」のようだ。
一方、左足の内転筋を損傷したザンブロッタも
一刻も早い復帰を目指してリハビリに励んでいる。

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2006年12月27日

2006年は良くも悪くもバルセロナ

2006年のカップ戦の主役は、
良くも悪くもバルセロナとロナウジーニョだった。
5月17日にパリでアーセナルを倒して
欧州チャンピオンズリーグ制覇を果たしたバルセロナだが、
クラブワールドカップでは惜しくも世界王者のタイトルを逃してしまった。

12月17日に横浜で行われた決勝では、
ブラジルのインテルナシオナルが勝利。
ロナウジーニョのために準備されていた世界一の称号を奪い去っていった。
セビージャはUEFAカップとUEFAスーパーカップの2冠を獲得し、
2006年は忘れられない1年となった。

昨シーズンのチャンピオンズリーグでは、
優勝候補と目されていたバルセロナが予想通りに
クラブ史上2度目のタイトルを獲得。
5月17日にパリで行われた決勝戦では
アーセナル(ロンドンのチームとしては初の決勝進出)を破った。
ガナーズ(アーセナルの愛称)は開始直後のレーマンの退場で
10人になりながらもキャンベルのゴールで先制したが、
後半にはエトーとベレッチがゴールを奪い、
逆転でバルセロナに14年ぶりのビッグイヤーをもたらした。

ライカールト率いるバルセロナの戦いぶりは圧倒的なもので、
グループリーグ(ウディネーゼ、ベルダー・ブレーメン、パナシナイコス)を
楽々突破すると、決勝トーナメント1回戦ではチェルシー、
準々決勝ではベンフィカ、準決勝ではミランを葬り去った。
ミランはサンシーロでの第1戦に1−0で敗れ、
カンプ・ノウでの第2戦でも0−0の引き分け止まりだった。

そのほかのイタリア勢は期待外れ。
インテルは準々決勝でスペインのビジャレアルに敗れ、
ユベントスも準々決勝でアーセナルに道を阻まれてしまった。
歴史的な初出場を果たしたウディネーゼは
バルセロナとベルダー・ブレーメンに後れを取り、
グループリーグ敗退に終わった。

UEFAカップもスペイン一色。
トロフィーを手に入れたのはセビージャだった。
5月10日にアイントホーフェンで行われた決勝では、
イングランドのミドルスブラに4−0の大勝。
ルイス・ファビアーノ、マレスカ(2点)、カヌーテのゴールで
非の打ちどころのない完全勝利を収めた。

イタリア勢はこちらでも振るわず、
チャンピオンズリーグから回って来たウディネーゼはベスト16で
ブルガリアのレフスキ・ソフィアに敗戦。
ミドルスブラ(準優勝)に敗れたローマ、
ドイツのシャルケ04に敗れたパレルモもそれぞれベスト16で姿を消した。
サンプドリアに至ってはグループリーグの段階で
ステアウア、ランス、ヘルタ・ベルリンに敗れ去った。

2つのカップ戦を制したバルセロナとセビージャは
8月25日にモナコで行われたUEFAスーパーカップで対戦。
イタリアのステファノ・ファリーナが主審を務めた。
戦前の予想ではロナウジーニョ率いるバルセロナが
圧倒的有利と見られていたが、結果は意外にも3−0でセビージャの勝利。

さらにバルセロナはクラブワールドカップでも準優勝に
甘んじる結果となってしまった。
準決勝ではメキシコのクラブアメリカを粉砕(4−0)したが、
決勝ではブラジルのインテルナシオナルに1−0で敗戦。
終了間際のルイス・アドリアーノのゴールが決勝点となった。
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ロナウジーニョ、恵まれない子どもたちのために教育を

クリスマス休暇でブラジルに帰国しているバルセロナのロナウジーニョが、
故郷のポルト・アレグレに慈善事業の一環として学校を設立し、
27日に開校式が行われる運びとなった。
「ロナウジーニョ・ガウショ学校」と本人の名が付けられた施設は
ロナウジーニョと彼の家族が以前から構想していたもので、
社会的に恵まれない子どもたちを約3500人招き入れることができる。
開校式にはロナウジーニョや家族とともに、
クラブからソリアーノ副会長ら数名の幹部も出席予定。
また、40名の子どもたちも招待されている。

市民にもロナウジーニョ一家が創立者であることを知らせずに
建設されたこの学校の特徴は、
スポーツを通して子どもたちの成長を図ろうとしている点。
そのために施設内にはサッカーだけではなく、
陸上、テニス、バレーボールといった競技施設も備わっている。
また、社会的に大きな問題となっている家庭内暴力やアルコール依存症を
予防するために、専門家による特別教育も行われる予定となっており、
助手や医者も含めて100名以上の教員が在籍することになるという。
このプロジェクトに対し、ロナウジーニョの兄で代理人も務める
ロベルト・デ・アシス氏は
「われわれのプロジェクトからタレントある選手が生まれれば
素晴らしいことだが、それは目的ではない。
あくまで子どもたちに人間的な成長の機会を与えることが目的だ。」
と述べている。

また、ロナウジーニョより先にブラジル国内で慈善事業を行っている
エジミウソンも、28日には「夢の種をまく」と題した
新プロジェクトをスタートさせる。
こちらの事業は、バルセロナの協力も得て行われる予定となっている。
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2006年12月26日

リハビリが順調なエトー、1月中旬にもチームに合流へ

バルセロナのサミュエル・エトーは当初の予定よりも
順調にリハビリを続けており、
1月中旬にもチーム練習に合流する可能性が高くなってきた。

エトーの故障は全治5ヶ月と診断されていた。
当初の予定では、復帰は2007年3月。
しかし彼の手術を担当したラモン・クガット医師によれば、
「予定より何週間か早く復帰する可能性がある。」とのことで、
試合には出場できなくとも1月中旬にはチーム練習に
合流できるだろうとの見解を示している。

エトーはすでにバルサのフィジカルコーチと共に
走り込みなどを始めているものの、まだボールを使った練習は行っていない。
そのため「落ち着いて経過を見守り、先走りしないことが肝心だ。」
とクガット医師は語る。
いずれにしても、医師が「素晴らしいアスリートだ。」と評するエトーは
舌を巻くほどの気合と努力を見せているようだ。

再発を防ぐためにも、試合に出られる時期は分からないというが、
順調にいけば2月21日に予定されている
チャンピオンズリーグの決勝トーナメント1回戦、
リバプール戦までにエトーが復帰する可能性もある。

エトーは今季、故障までの4試合で4得点に加え
チャンピオンズリーグでも1点を挙げる活躍を見せていた。
その後エトーを欠いたバルサは19試合のうち12に試合に勝利。
彼の抜けた穴はロナウジーニョ(15得点)と
グジョンセン(10得点)がしっかりと埋めている。
posted by かずくん at 23:52| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | バルサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メッシ「2007年はケガのない1年にしたい!」

バルセロナのリオネル・メッシにとって、
2006年はケガに泣いた年と言ってもいいだろう。
3月7日に行われたチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦、
チェルシー戦で右足の筋肉を断裂し、この負傷からの復帰を焦るあまり、
かえって再発を引き起こし、
チャンピオンズリーグ決勝という大舞台に立つことはできず、
そして、11月12日のリーガ、サラゴサ戦では左足の第5中足骨を骨折。
全治3ヶ月間と診断され、現在も戦列離脱中だ。

クリスマス休暇を母国で過ごすため、アルゼンチンに向かったメッシは、
2006年を「うれしいことも、悲しいこともたくさんあった。
うれしかったことは、バルサでたくさんのタイトルを獲得したこと。
逆に悲しかったことは、2度の大ケガで
長いこと試合から遠ざかったことだね。」と振り返る。

バルサの始動は1月3日からとなっているが、
メッシは2月1日までアルゼンチンに留まり、
プレッシャーのない環境でリハビリを行う予定となっている。
あと1週間ほどで松葉杖生活から解放され、
ようやく松葉杖なしで歩けるようになる。
1月3日にアルゼンチンにやってくるバルサのトレーナーと共に
リハビリに励み、2月10日には医師からのゴーサインを取り付け、
チーム練習への復帰を目指す。

「一刻も早くこのケガを治し、プレーしたい。
ケガはもう懲り懲りだよ。2007年はケガのない1年にしたい。
今シーズンもすでにケガをしてしまってピッチから離れているしね。」

プレーできない状態はメッシにとって
何よりのフラストレーションであるようだ。
プレーへの渇望をそう言い表している。
それでも、2月頭まで家族と共に過ごせることは大きな喜びであり、
それが励みになるとも。

「ピッチの外から試合を見るなんて最悪だよ。
何にもできないんだからね。ジムでトレーニングして家に帰る。
そんな生活は僕にとってきついよ。
まあ、それにも慣れなきゃいけないんだけれどね。
‘プレステ’にも飽きちゃったよ。」

早くプレーしたい!メッシの言葉の端々からそれがうかがえる。
とはいえ焦りは禁物だ。それはメッシにも分かっているはず。
ケガを克服し、精神的にも一回り成長した2007年のメッシに期待したい。
posted by かずくん at 23:48| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | バルサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月25日

来年8月FC東京、横浜FMと親善試合

FC東京が来年8月にバルセロナと親善試合を行うことが分かった。
来季2季ぶりにFC東京に復帰する原監督が、
過去にバルセロナを視察するなどパイプを持つこともあり実現。
U―22日本代表FW平山相太(21)らが
世界屈指の強豪クラブを相手に、
どのようなプレーを見せるのか、
注目の一戦となる。

平山はオランダ1部ヘラクレスに所属した昨季に
「将来的はスペインでプレーしたい。」
と世界最高峰のリーグへの挑戦を夢見ていた。
ホームシックもあり、FC東京に移籍した9月以降は
「しばらく海外はいい。」と話しているが、
依然としてスペインリーグに対する関心は強い。
FWロナウジーニョやMFデコらのプレーを肌で感じることや
DFプジョールらの激しいマークを受けることは、
今後の成長を促す上での貴重な体験となる。

FC東京には平山の他にも、MF梶山、DF伊野波ら
将来性のある北京五輪世代の若手が多い。
来年2月28日からの北京五輪アジア2次予選を突破すれば、
来年8月22日からはアジア最終予選が控えるだけに、
その前に世界クラスのプレーを体感することは、
反町ジャパンにとっても大きな上積みになりそうだ。

バルセロナは、すでに来夏の日本遠征で横浜と対戦することが決まっており、
8月上旬に来日する方向で調整を進めていた。
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2006年12月24日

クリスマス休暇へ突入

この金曜日(22日)からバルサのトップチームはクリスマス休暇に入った。
およそ2週間の期間で、その間、チームは英気を養うことになる。
特に現在七人の怪我人選手がおり、
この間を活用しての彼等の一刻も早い回復が待たれるところだ。

ハードな年末だった。リーガやチャンピオンズリーグに加え、
クラブワールドカップへの参戦で疲弊したチームにとって、
このクリスマス休暇は完全休養でのエネルギー回復に当てられることになる。
バルサはリーガを一試合少ない消化ながらも2位で
今年を折り返すこととなった。
また、チャンピオンズリーグでは決勝トーナメント進出を決めた。
しかし一方、今年最後のアトレチコ・マドリード戦では
七人の選手が怪我やコンディション不良のため、
招集メンバーから外される必要に迫られた。

長期戦線離脱に追いやられたのはエトーとメッシで、
いずれも2月の中旬のチャンピオンズリーグ決勝トーナメントまでに
復帰すると見込まれている。
また、マルケス、エジミウソン、ジオ等は日本遠征の影響で
フィジカルコンディションを落とした。
しかしながらこの三人はクリスマス休暇の期間、体調を元に戻し、
100%の状態で休暇明けに復帰してくることだろう。
チームは1月3日に活動を再開する予定だ。

ジャンルカ・ザンブロッタは先のクラブワールドカップ決勝、
対インテルナシオナル・ポルト・アレグレ戦で左足の内転筋を損傷した。
復帰は1月中旬と予想されており、
年明けのリーガのヘタフェ戦やエスパニョール戦、
また、コパ・デル・レイ(国王杯)のアラベス戦を
欠場することが予想されている。

また、リリアン・テュラムも先のアトレチコ・マドリード戦で
左足の大腿二頭筋を痛め、やはり新年の最初の数試合に出場することは
出来ないだろう。
テュラムがチームに再合流するのは丁度一ヶ月後と見られている。

新年最初の試合、1月6もしくは7日に開催予定の
ヘタフェとの試合においては、
エトー、メッシ、テュラム、ザンブロッタを欠くだけでなく、
デコとロナウジーニョの二人の中心選手が出場しないことも決定している。
それは先のアトレチコ・マドリード戦で
いずれも今シーズン5枚目のイエローカードを受けたためである。
posted by かずくん at 21:06| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | バルサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

号泣少年「またクラブワールドカップに戻ってきて欲しい」

号泣少年は6歳、バルサに夢中でスペイン語も勉強していると言う。
先の日本でのバルサの敗北という悲しみを乗り越え、
今、彼が願うことは「バルサが次のクラブワールドカップを戦うために
また日本に戻ってくること」なのだ。

この少年は先のクラブワールドカップ決勝戦、
バルサ敗戦の試合後に号泣し、
日本でのバルサファンの落胆を象徴するかのように
その姿が複数の新聞に掲載された。
が、今はかなりご機嫌のようだ。
様々な方法を駆使してこの号泣少年を探し当てたバルサに対し、
同少年はクラブに対しスペイン語で手紙を書いて渡した。

実はこの少年はピッチ上のバルサの選手達に
スペイン語で直接激励した経験を持っている。
試合前にピッチに登場する選手と手を繋いで
フィールドに出て行くエスコートキッズに応募していたのだ。
しかしながら少年が引き当てた権利は
準決勝の対戦相手クラブ・アメリカの選手と手を繋ぐというものだった。
しかし同少年はバルサの選手に近づき
「MUCHO ANIMO(頑張れ!)」と声を掛けたと言う。
そして彼はその日、バルサの多くのゴールと
スペクタクルなフットボールを目の当たりにしたのである。

少年はバルサへの手紙にこう記した。
「決勝戦で負けた時は本当に悲しかったです。
だからお願いです。次のクラブワールドカップのために、
必ず日本に戻って来て下さい。」

日産スタジアムで号泣したこの少年の中には、
本物のクレー(バルサファンの愛称)魂が宿っているようだ。
バルセロナから遠く離れた地にもかかわらず、
バルサのソシオの息子である彼は、
日常の生活全てがバルサに彩られている。
彼の部屋にはロナウジーニョのポスターが貼ってあり、
カタルーニャ州の子供たちの部屋と何ら変わらない
バルサグッズが並んでいる。
バルサは彼にとって”情熱を傾ける対象そのもの”なのだ。
彼の6歳の誕生日、用意されたケーキがそれをさらによく物語る。
そのケーキにはバルサのエスクード(紋章)が象られていたのだという。

「僕の名前は○○○○です。6歳です。
クラブ・アメリカの付き添いの子役だった時、
貴方達(バルサの選手)にスペイン語で
“MUCHO ANIMO(頑張れ!)”
と言えた時は凄く嬉しかったです。
だけど、負けちゃった時は本当に悲しかったです。
だからお願いです、
必ずまたクラブワールドカップのために日本に戻って来て下さい。」

※手紙は全てスペイン語
※本名は控えさせて頂きました

この熱き少年のためにも今シーズンもリーガ制覇、
そしてCL制覇を実現し、
来年の世界クラブ選手権に出場できるよう
日本に戻って来てほしい!!

この少年だけでなく、世界中のバルセロニスタに

世界一

をプレゼントしてほしい!!

私だけでなく誰もが祈っている!!

posted by かずくん at 00:05| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | バルサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする