2007年12月01日

相性の良いモンジュイック

土曜日(1日日本時間30時)、
モンジュイック・オリンピックスタジアムは11度目の、
そしておそらく最後の“バルセロナ・ダービー”を迎えることになる。
1997年2月9日、それまでエスパニョールが本拠地としていた
サリアスタジアムでの最後の“バルセロナ・ダービー”が
行われて以降、モンジュイックがその後の決戦の舞台となってきた。
そして、過去の10度の対戦は、
バルサにとって非常に相性の良いデータが残っている。
すなわち、バルサの5勝3分2敗、
バルサは常に、モンジュイックで結果を残してきたのである。

1997−98シーズン、リーガエスパニョーラ第35節で
エスパニョールとバルサは
モンジュイックスタジアム(通称ルイス・カンパニーズ)で
初対戦した。
当時、ルイス・ファン・ハール監督率いるバルサは、
カマーチョ監督率いるエスパニョールと引分けた。
続いて翌シーズン、就任2年目のファン・ハール監督は
クライファートとジオバンニのゴールで1−2と勝利を収め、
同スタジアムでの初勝利を飾っている。

続く2度のペリーコ(エスパニョールの愛称)のホームでの対戦は
いずれも引き分けに終わっている。
すなわち、ファン・ハール監督の3度目の訪問は1−1の引き分け、
そして翌シーズンのジョレン・セラ・フェレール新監督指揮下で
臨んだバルサだったが、
この試合はスコアレスドローに終わっている。
モンジュイックでの“バルセロナ・ダービー”の歴史の中で、
唯一の0−0というスコアーだった。

そして続く2001−02シーズン、
カルレス・レシャック監督指揮下のバルサは、
パコ・フローレス監督率いるエスパニョールに対し、
タムードの2ゴールで
この年初めてモンジュイックの敗戦を味わっている。

翌シーズン、ラドミール・アンティッチ監督率いるバルサは、
チャビとコクーのゴールで0−2と勝利し、
ハビエル・クレメンテ監督率いるエスパニョールに
先シーズンの借りを返している。
そして、ここからモンジュイックでの連勝街道が始まることになる。

フランク・ライカールト監督が就任した2003−04シーズン、
バルサはロナウジーニョとクライファートの2ゴールで
1−3の勝利を収めている。
続くシーズンも0−1で連勝したバルサは、
2005−06シーズンも1−2で勝利し、
ライカールト監督はモンジュイックで3連勝、
バルサとしてもアンティッチ監督時代から
4連勝を飾ることに成功している。
しかしながら先シーズン、
エルネスト・バルベルデ監督率いるエスパニョールに対し、
バルサは3−1で敗れている。

そして明日の第14節での対戦が、
モンジュイック・オリンピックスタジアムで行われる
最後の“バルセロナ・ダービー”となる可能性が強い。
すなわち、来シーズンからエスパニョールは
バルセロナ郊外のコルネヤに現在建設中の新スタジアムに
その拠点を移すからである。

モンジュイックで行われた“バルセロナ・ダービー”の
計10度の対戦において、バルサは13ゴールを上げている。
バルサの選手の中で最もモンジュイックでゴールを決めたのは
パトリック・クライファートで4ゴール、
そしてデコが2ゴールを記録している。
その他、フィーゴ、ジオバンニ、コクー、チャビ、
ロナウジーニョ、エトー、サビオラの7選手が
それぞれ1ゴールずつを記録している。
posted by かずくん at 23:50| ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | バルサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エスパニョールキラーのボージャン

U9からバルサBまで、
バルサのカンテラ(下部組織)で
着実に成長してきたボージャン・ケルキックは、
実にこの7シーズンの間に800ゴール以上を決めている。
そして、当然ながらその中にはバルセロナのライバルクラブ、
エスパニョールとの“バルセロナ・ダービー”も含まれており、
ボージャンは常にこのライバルとの決戦でゴールを奪ってきた。

2001−02シーズン、アルヴィA(U11)に
所属していたボージャンは、
エスパニョールとの“バルセロナ・ダービー”を
ホーム&アウェイで2試合戦い、
ライバルを前に計4ゴールを決めている。
そしてこのシーズン、
ボージャンはU11のチャンピオンに輝いている。

インファンティルA(U13)時代、
ホームにエスパニョールを迎えた試合では、
ボージャンはゴールを決めることが出来ず、
試合も1−2で敗れた。
そのシーズン、最後まで優勝を争ったバルサとエスパニョールは、
最終節にエスパニョールのホームで直接対決をするという
注目の一戦となった。
勝ち点で上回っているエスパニョールは、
引き分けでも優勝が決まる状況だった。
試合は1−1のまま、後半ロスタイムに突入、
誰もがエスパニョールの優勝を確信したその時、
ボージャンが劇的な勝ち越しのゴールを決め、
バルサはそのシーズン、逆転優勝を勝ちとったのである。

この逸話にはもう一つ付録がある。

ロッカールームは喜びで大はしゃぎ。
応援に駆けつけた父兄やファンも喜びを爆発させ、
エスパニョールを罵倒、挑発するような歌を歌いだした。
そんな浮かれる観客(大人達もいた)に対し、
13歳のボージャンは落ち着くよう促し、
ライバルチームへの敬意を示すよう、要求したという。

翌シーズン、カデッテB(U14)チームの一員として
エスパニョールと対戦したボージャンは、
敵地にてハットトリックを達成するなど、
相変わらず“バルセロナ・ダービー”に強いところを見せた。

続く2005−06シーズンには
カデッテA(U15)チームでプレーし、
エスパニョールとの対戦で6ゴール中2ゴールを奪い
勝利に貢献している。
なお、この試合ではヤーゴが3ゴールを決めている。
そのシーズン、ボージャンは15歳ながら
フベニールA(U18)のチームに昇格している。

ボージャンの逸話はまだまだある。

2005−06シーズンにカデッテA(U15)から
シーズン途中でフベニールA(U18)に
2段階昇進を果たしたボージャンは、
そのシーズンの最終節、
勝てば優勝というシチュエーションにいた。
しかしながら試合はアウェイのバダロナ戦、
後半ロスタイムに入った時点でスコアボードは同点だった。
一方同時進行で行われていたエスパニョールは
コルネヤを相手にリードを奪っており、
このままだとエスパニョールが逆転優勝するという状況。
そして迎えたロスタイムの95分、
ボージャンは劇的なゴールを叩き込み、
その瞬間、バルサの優勝が決まったのであった。
posted by かずくん at 00:07| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | バルサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする