2007年12月04日

メッシ、バロンドールは銅メダル

日曜日(2日)、ヨーロッパの伝統ある
サッカー雑誌「フランス・フットボール」が
2007年度の“バロンドール(欧州最優秀選手賞)”を発表、
メッシが第3位に選出された。

第1位に選出されたのはACミランのカカで、444票を獲得し、
1956年からのこの伝統ある賞を獲得した
4人目のブラジル人となった。
メッシは同255票を獲得、
2位に入ったマンチェスター・ユナイテッドの
クリスティアーノ・ロナウド(277票)とは僅かに22票差だった。

その他、バロンドール候補のファイナルリストにはメッシの他、
ロナウジーニョ、アンリ、エトー、デコ、アビダルが名を連ねていた。
この中では、ロナウジーニョの第12位が最高だった。
一方、バルサのカンテラ(下部組織)出身で、
現在アーセナルに所属するフランセスク・ファブレガスが
8位にランキングし、
スペイン人選手の中では最高ランクとなった。

バロンドールの3位にランクインしたメッシは、
ここ2年間での急成長を示すかのごとく、
様々な個人賞の世界で評価されてきている。
先日はFIFA世界最優秀プレーヤーのベスト3に
やはりカカとクリスティアーノ・ロナウドと
共にノミネートされたばかり。
また、先月25日には、
イタリアのスポーツ雑誌「ゲリン・スポルティーボ」が選出し、
21歳以下のヨーロッパ最優秀選手賞
“プレミオ・ブラボ”を獲得している。
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ユーロ2008、組み合わせ決定

日曜日(2日)、6月7日から29日に掛けて
スイスとオーストリアで行われる
ユーロ2008本戦の抽選会がスイスのルツェルンで行われた。
バルサの選手が所属するスペイン、ポルトガル、フランス、
イタリアはくじ運で明暗が分かれた。

いわゆる“死のグループ”に入ったのは、
アンリ、アビダル、テュラム率いるフランスと、
ザンブロッタ擁するイタリアだ。
両チームはユーロ予選でも同組に入ったが、
再び本戦グループリーグCで対決することが決まり、
さらには同グループに強豪のオランダとルーマニアが入った。

それに対し、くじ運に恵まれたのがスペインとポルトガルだ。
プジョル、チャビ、イニエスタ擁するスペインは、
ギリシャ、ロシア、スウェーデンと共にグループDに入った。
しかしながらグループリーグを突破した場合、
“死のグループ”と呼ばれるグループCの
1位もしくは2位のチームと
決勝トーナメントベスト8を戦う為、
決して安心は出来ない。
一方、アスールグラナ戦士の中で
最も良いくじを引いたのはデコ率いるポルトガルかもしれない。
スイス、チェコ、トルコと共にグループAに入ったポルトガルは、
決勝トーナメントに進出した場合、
ベスト8では、グループBの
オーストリア、ドイツ、クロアチア、ポーランドの
いずれかのチームと対戦することになる。
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信頼されたちびっ子3トップ

エスパニョールとの“バルセロナ・ダービー”に向け、
フランク・ライカールト監督はオリンピック・リヨン戦と同様、
メッシ、ボージャン、イニエスタの3トップを採用した。
昨日のモンジュイックではチームを勝利に導くことは
出来なかったものの、
2試合連続でスタメンを飾った同3トップは実際に良く機能し、
すっかり監督の信頼を勝ち取ったようだ。

このカンテラ(下部組織)出身の3トップは昨日、
モンジュイックで躍動した。
トップチームとして“バルセロナ・ダービー”デビューを果たした
ボージャンは、前線で動き回り、最初の15分間で
相手センターバックのハルケ、トレホンを
それぞれ振り切るシーンを見せた。
また、チャビのフリーキックのこぼれ球をヘディングシュートし、
追加点を上げるチャンスを得たものの、
ボールは惜しくもクロスバーに当たってしまった。
一方、メッシは3年前にトップチームデビューを果たした場で躍動し、
対峙した相手左サイドバックのクレメンテ・ロドリゲスを翻弄、
もう一人のフォワードだったイニエスタへ
絶妙のゴールのお膳立てを果たしている。
そして、イニエスタはオリンピック・リヨン戦に続いて
この日も連続ゴールを決めている。

今シーズンバルサに新加入した4選手の内、
アンリを除く3選手が初の“バルセロナ・ダービー”を体感した。
トゥーレ・ヤヤはピッチの中央に君臨し、
相手の攻撃の芽を摘み、ルイス・ガルシアを徹底マークした。
アビダルとミリートはそれぞれ
左サイドバックと左センターバックの位置に入り、
先を読む動き出し、確実で安定したプレーによって、
エスパニョールの右サイドの攻撃を機能させなかった。
彼等と4バックを形成し、
この日右サイドバックに入ったプジョルは、
スペイン代表の左ウイング、
アルベルト・リエラを前半は完璧に押さえ込んだ。
また、プジョルはこの試合でバルサの選手として
リーガ250試合出場を果たした。
しかしながら、フランク・ライカールト監督は
イエローカードの2枚目を懸念し、
途中でザンブロッタと交代させた。
posted by かずくん at 00:50| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | バルサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アンリ、全治15日間

ティエリ・アンリが全治15日間の戦線離脱を余儀なくされた。

今週末に様々な検査を行った結果、
椎間板ヘルニアと診断された。
FCバルセロナの専属医で、
脊柱に関する病理学の専門家であるエンリク・カセレスは
「ティエリ・アンリ選手は数年前から
椎間板ヘルニアの故障を抱えていました。
その為、時折腰や骨盤に痛みが発生していました。
FCバルセロナに入団してからも
特に骨盤に痛みが生じることもありましたが、
専門的な治療によって改善し、
試合への出場が可能な段階にまで回復していました。
しかしながらここ数週間の間で腰や臀部の痛みが悪化していました。
今後2週間は治療に専念する必要があるでしょう。
その為、同選手は向こう何試合かを欠場し、
磁気共鳴検査装置や電子筋運動記録装置を使った精密検査を実行し、
病状を見守っていくことになります。」と診断した。
posted by かずくん at 00:43| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | バルサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

故障組は日曜日も練習

昨日の“バルセロナ・ダービー”後、
フランク・ライカールト監督はトップチームの選手に
日曜、月曜と2連休を与えたものの、
この日日曜日、カンプノウの施設には故障者組が姿を現し、
それぞれのリハビリメニューに取り組んだ。

この日姿を現したのはエジミウソン、シウビーニョ、エトー、
テュラム、デコ、オレゲール、アンリ、
そして昨日の試合に出場した
プジョル、イニエスタ、グジョンセンだった。

プジョルはマシア練習場のピッチ上で、
体力回復の為のメニューをこなし、
一方、昨日の試合で何度も接触プレーを受けたイニエスタは
トレーニングジム内でマッサージなどの治療を受けた。
また、グジョンセンは股関節の部分に違和感を覚えた為、
治療を受けた。

この日マシア練習場のピッチに立ったのは
エジミウソン、シウビーニョ、エトー、テュラム、
プジョル、デコだった。
デコはフィジカルコーチの一人に付き添われ、
フィジカルトレーニングやボールコントロール、パスなどの
トレーニングを行っていた。
その後、ランニングを行ったデコは、
最後にダッシュを繰り返していた。

他の選手達はフィジカルコーチの
パコ・セイルーロ、アルベルト・ロカ両コーチの指揮の下、
フィジカルサーキットトレーニングを実行し、
ボールを使って、瞬発力やスピード、筋力を鍛えていた。
続いては別のサーキットに移行し、
そこでは障害物を乗り越え、
ボールコントロールから最後はゴールへ向かって
シュートを放って行った。
このシュート練習では、
それまでランニングやストレッチを行っていたプジョルが
ゴール下に入り、仲間のシュートをGKとして受けていた。

その後、プジョルはロッカールームへ引き上げ、
エトー、エジミウソン、シウビーニョは残って
プレスキックの練習に取り組んだ。
一方、テュラムはアルベルト・ロカコーチと共に
引き続きフィジカルサーキットトレーニングに従事した。

チャンピオンズリーグのオリンピック・リヨン戦、
そして昨日のエスパニョールとの
“バルセロナ・ダービー”のいずれも欠場した
アンリとオレゲールは、
共にトレーニングジム内でトレーニングに従事した。
アンリは左の臀部から腰に掛けて痛みがあり、
オレゲールも股関節部分に違和感を抱えている。
posted by かずくん at 00:36| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | バルサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リーガ250試合出場のプジョル

昨日の“バルセロナ・ダービー”、対エスパニョール戦にて、
キャプテンのカルレス・プジョルはバルサのユニフォームを着て、
リーガ出場250試合を達成した。

1999−2000シーズンにリーガ1部リーグで
初出場を果たしたプジョルは、
翌シーズンの2000−01シーズン、
セラ・フェレール監督の下、レギュラーの座を獲得する。
そしてそれ以降、カルレス・レシャック、
ルイス・ファン・ハール、ラドミール・アンティッチ、
フランク・ライカールトの歴代の監督に常に信頼を置かれ、
故障や出場停止処分でない限り試合に出場し続けている。
そして、2004−05シーズンからは
ルイス・エンリケからキャプテンの座を引き継いだ。

プジョルにとって、昨日のエスパニョール戦は13度目の
“バルセロナ・ダービー”となった。
1999−2000に初のダービーを体験して以来、
エスパニョールのホーム、モンジュイックスタジアムでは
計8度試合を行い、昨日の引分けを含め、
バルサの3勝3分2敗という数字が残っている。

プジョルはここまでの250試合で通算4ゴールを決めている。
2001−02シーズンにはカンプノウでの
バリャドリード戦とアウェイでのテネリフェ戦でゴールを決め、
2得点を記録している。
特にテネリフェ戦ではバイシクルシュートを決めている。
続いて2005−06シーズン、
プジョルはカンプノウでのレアル・ソシエダ戦でゴールを決め、
そして先シーズン、タラゴナでの最終戦、
対ヒムナスティック戦でゴールを決めている。
posted by かずくん at 00:27| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | バルサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする